平将門守り本尊 ひびり観音   曹洞宗 観音寺
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観音寺の歴史
 

当観音寺の創立に関しては、史料に乏しいため伝承によるところが多くあります。

草創について当地の地域史誌『湖北村誌』には、「古くは將門神社の境内に仏堂が営まれ、將門の守本尊の行基菩薩作観世音像を安置し、守谷村の天台宗西林寺から徳道和尚を請して開祖とし、大悲山和泉寺と称した。」と記されています。
それが時を経て現在の位置に移され、改めて観音寺として創立されたといわれています。

曹洞宗観音寺としての創立は寛文2年(1662)といわれ、開山は現我孫子市湖北台にある曹洞宗正泉寺の九世名翁全誉大和尚、開基を長安常久禅定門と伝えられています。
一村一寺とでも言いましょうか、この日秀の人々に古くから守られてきた、小さな村の小さな寺です。

観音寺は地域の方々には「ひびり観音」と呼ばれています。これは、観音寺と所在地の日秀(ひびりと読む)をくっつけて呼ばれるようになったものです。

我孫子市のこの日秀地区に將門の伝承があります。ここ「観音寺」と「將門神社」「將門の井戸」3個所の史跡で、伝承によると、將門が手賀沼を南方より騎馬のまま渡り、台地に登って朝日を拝した・・・ことからこの地を「日出村」と言うようになっといわれています。その拠点に「神社」を建て、軍用に使用したとも、敵の首を洗ったともいわれる「井戸」も造られました。

將門敬愛の思いは厚く、タブーとされる事項がいくつかあります。「成田参詣はしない」「桔梗の花は植えない」「桔梗の柄の書かれた物は使用しない」「胡瓜を輪切りにしない」等・・・なかでも成田山に関しては、観音寺境内に建てられたお地蔵様は成田山にそっぽを向いています。

 
 
 

観音寺は曹洞宗(禅宗)のお寺です

「そうとうしゅう」と読みます
ご本山は福井県の永平寺と横浜市鶴見の総持寺です
曹洞宗はお釈迦様をご本尊と仰ぎます
宗旨等詳しくは曹洞宗のホームページがありますのでリンクのページからご覧下さい。

   

 

19xx年 xx月xx日   ここにその年代の記録が載ります。Coming soon. Coming soon.
19xx年 xx月xx日   ここにその年代の記録が載ります。Coming soon. Coming soon.
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