![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
本堂 |
![]() |
創建はいつ頃かは不詳。 |
観音堂 |
安政年間(1854〜1860)頃の創建といわれる。こちらも、もと茅葺であったものを昭和48年に修復。鉄板で覆いました。方三間。入母屋造りで正面に向拝がついています。 |
![]() |
槙の木(まきのき) |
![]() |
「太い樹ですね〜」 |
国道356沿いの境内に立つ地蔵尊 |
よく見てください |
![]() |
新四国相馬霊場札所 |
![]() |
我孫子市、柏市、茨城県取手市にわたって点在する札所で、四国の八十八ヵ所の移し。こうした札所の移しは各所に存在します。 |
薬師堂(やくしどう) |
厨子に納められた薬師如来をお祀りしてあります。厨子には「天保9年・・・」の銘があります。堂内外とも傷みが激しいので修復を考えています。近年、近隣にお住まいの方がご自身で彫られた薬師仏を納めていかれました。 |
![]() |
庚申塔(こうしんとう) |
![]() |
形態は様々で、元禄11年(1698)〜明治37年(1904)まで7基の庚申塔があります。 |
待道権現(まちどうごんげん) |
利根川流域の下総地域に見られる安産祈願の女人講。我孫子市岡発戸(オカホット)の待道神社が発祥と言われます。 |
![]() |
筆子塔(ふでことう) |
![]() |
歴代住職の墓石の中に、「筆子中」と刻まれたものがあります。 |
将門神社(まさかどじんじゃ) |
観音寺から手賀沼方向へ南下JR成田線を過ぎ県立湖北高校を右に見ながらさらに進むと、道が3つに分かれる。その三叉路を右方向に進んでいくと小さな祠があります。この辺りにかつては将門の出城があったと伝えられています。 |
![]() |
将門の石井戸(いわいど) |
![]() |
上記の三叉路を左に下ると林の中に古木の下に窪みがあります。承平2年(932)に将門が開き軍用に供したと伝えられています。 |
日秀西遺跡(ひびりにしいせき) |
| 現在県立湖北高校のある場所は、縄文時代の住居址2軒、弥生時代の住居址2軒、古墳時代の住居址188軒、歴史時代の建物跡54棟が見つかっています。 建物跡からは和同開珎の銀銭も見つかっています。炭化した米粒などがあったことなどから大きな倉庫が建っていたと考えられています。また、遺跡周辺にも多くの集落跡が確認できる事から、古代における下総国の郡衙跡かとも考えられています。 |
![]() |
